年末琵琶湖ゴミだらけ

2007年12月31日



帰省で帰っております。
今日湖周道路の駐車場にとまって、琵琶湖岸まで行くと、なんとそこにはペットボトルやらのゴミ、ゴミ、ゴミ。

悲しいことだ。

岡山に行った時、滋賀や京都の街のきれいさを改めて実感した。
8年前。
環境の意識が高い地域に生まれ育ったことを誇りにすら思った。

しかし、今はどうだろう。
もちろん、滋賀県民がしていると思いたくはありませんが、
ありゃ、あんまりだ。

岡山は逆に、明らかに町中がきれいになりつつある。

滋賀の顔は琵琶湖。琵琶湖はきれいでいてほしいな。
打ち寄せる波に、ペットボトルなどが流れつきませんよ~に。





忘年会s

2007年12月29日



忘年会たち。

昨日は大阪で忘年会。フランスから帰ってきているI様を囲んで、
みんなでワイワイ。楽しいなぁ。

12月に(てか、昨日も2つ)、小さな失敗をいくつかやらかしまして、
へこんでいた私を、「楽観的にいかないと!」と励ましてくれました。

そうだそうだ!
落ち込むところに福は来ないのです。
弱っている植物に害虫が来るように。

払いのけて前へ進むのだ。
何の決意表明?



Posted by つんこ at 21:19 Comments( 2 ) TrackBack( 0 ) 日記

響かないことばたち

2007年12月29日



年末のクリスマスにおー仕事。オシゴトさ。
で、やってきたM氏。再び。いつもいつもずしりと刺さるお言葉をありがとう。

今回は「ことばが響く」ということについて。

簡単に言えば「美しすぎることばは響かない」だそうな。

教科書で読んだことがあるような、学校で先生が教えてくれたような、
なんかテレビで聞いたことがあるような、そんなこと実行できるの?と思うような・・・

ことば。

いつものことば。リピートアフターミー。

そういうことばが今年も巷に溢れ、僕のまわりにも溢れました。
頭に、心に届いてこない。そういう「きれいごと」で飾り立てていないかな。

僕は。




上沼恵美子のおしゃべりクッキング

2007年12月23日



おしゃべりクッキング(朝日放送)

先生が代わって随分経ちました。前は畑先生、小阪先生、本多先生の和・中・洋でしたが、今は濱本先生、宮崎先生、若林先生の3人で、とても若返りました。

前は明らかに畑先生の和食が抜きんでておいしそうに見えていましたが、今は僕は宮崎先生の中華が一番おいしく見える。次が若林先生。申し訳ないけれど、濱本先生の和食は、ある学生曰く「創作居酒屋のメニューみたい」で、正統な感じがあまりしません。先生、頑張って~。みなさんキャラはとてもよくて、見ていて嫌な感じは全然しないのですが・・・ね。

その学生は、めちゃめちゃ細かいところを見ています。ある日、宮崎先生がスープを作っていて、味見の時に、中華のおたまでスープをすくって、そこから直接味見をした。これは料理人の方はよくする行為ですね。

その後、宮崎先生は無意識の行動なんでしょうが、まず布巾で口の触れたところをふいて、さらに水で洗った、というのです。他の方はそうしない、のだそうな。

すごい観察力と感心すると同時に、そういうことを無意識にできている宮崎先生ってお上品、というか、質が高いのね、と、益々好感を抱いてしまったのでございました。しかも同じ歳やし。これからも期待しています。

ともあれ、毎日の食卓に、あの番組からいただいた料理が上がることも多く、これからもどんどん楽しい料理を作ってほしいなぁと、一ファンとしては思うのでございます。

がんばれ~、先生方。




ACTFLに抗議する

2007年12月22日



ACTFL(American Council on the Teaching of Foreign Languages; アメリカ外国語教育協会)というのがある。

夏に、我々はOPI(Oral Proficiency Interview)関係の国際シンポジウムを京都で行った。
OPIというのは、資格付きのインタビューテストで、資格を得ると公式に非母語話者にインタビューをして、
その人の日本語のレベルを判定することができます。

さて、その資格の更新をするためのワークショップがそのシンポジウム中で行われた。
受講者には参加証が送られて、それをもとに更新手続きを行うというもの。

ところが、待てど暮らせど何も来ない。
あげく、会長のK氏から「参加証が届いていない人はW氏にメールを送るように」という指示が来た。

僕は何もしなかった。
その後、しばらくしてACTFLの職員から、「参加証を送るから住所を教えろ」というメールが来た。
このメールの失敬さにも腹を立てたが、今日W氏から「あなたは参加証を受け取ったのですか?」というメールが来たのである。

「~のですか?」とは何事だ。この非難めいた口調は。
そもそも、ACTFLが適切な処理をしなかったためにこのような不手際が起こっているのではないか。
それを棚に上げて、あたかも受け取っていない人間が悪いかのような口ぶり。
ふざけるにもほどがある。



高島屋は高島市から

2007年12月21日

滋賀咲くトピックスから

滋賀県人にもあまり知られていないので、ここいらで書いてみる。
(てか、僕も詳しいことはあまり知りません。歴史の辞書とかパラパラ見ていて
知っていたくらいのことです。)

たまたま、滋賀咲くのトピックス(上)と、高島さんのところとに同じようなタイミングで同じような記事を発見。

ので、我田引水で僕も紹介しておきます。



Posted by つんこ at 22:39 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 滋賀ネタ

スピーチコンテスト伝説

2007年12月21日



スピーチコンテストの原稿を訂正することがしばしばある。最初に原稿を訂正したのは、まだ非常勤をしていた頃、大坂の国際センターで開かれたコンテストに出場した学生のものを直したことがある。結構がんばったつもりだったけれど、残念ながらその子は優勝しなかった。

こちらに来てからOさんの原稿を直して、それが優勝してから、僕が原稿を直すとその学生が優勝することが続いた。といっても二回ですが、その次の年にはMさんが、そして今年、トルコのEさんが優勝してくれた。

スピーチコンテストの原稿には気をつけるべきところがいくつかあるのでしょう。必ず指導しているのは、「ジョークを入れる」こと。どこかで一笑いさせることは重要だと思われる。それから、身近だけれど誰も気がつかないようなテーマを選んで、そこから日本人へのメッセージへと流れるようにつなげること。要するに普通の作文と大して変わらないのですが。後は、「日本語うま!」と思わせるような表現をちりばめること、くらいでしょうか。

この3つのポイントをクリアしていれば、ほどよくいい線にのるのです。

ま、いずれにしても今年のEさんも優勝おめでとうございます。




Posted by つんこ at 17:54 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 日記

讃岐うどんツアーへいく~その2

2007年12月19日



お待たせ中の讃岐うどんツアー、後編。

4軒目は「なかむら」。



ちょっと細めのふにゃふにゃ系。よく言えば京都風うどん?
他の讃岐うどんはどちらかというと、太めの固め。
昔、中学校のO先生が「うどんで首つって死ね!」とよく冗談で仰っていたが
(きっと今はこんな他愛ない冗談も通じないんでしょうね。なんとつまらない)、
京滋地区では通じても、讃岐ではしゃれにならないのではないだろうか・・・)

さて、ここは隣の畑からネギを抜いてきて、客に切らせるという・・・。



「切れ!」と言わんばかり。(でも、僕たちが行った時には誰かが切っていてくれたらしく、
ネギはたっぷりありました。



ついでに「擦れ!」と言わんばかり。

ちなみに、ここのうどんが全員一致で、最も「イマイチ」。
人の好みはそれぞれなのでございます。

讃岐ではどうやらお金は先払いの店が多い。(「たむら」は後払いでした)
セルフなので、天ぷらとかのしたらそれを見せて金を払わないと、
食べた後では何を食べたか分からないからでしょうね。
でも、「なかむら」ではうっかり食べてからお金払っちゃった。ごめんちゃいicon11



最後は「山内」。
ここでは「あつひや」だったか、麺は冷たいがだしは熱い、というのを注文。
店のおばちゃんが、「おいしい」と言ったから注文したが、
隣でRちゃんが、「それって「ぬるい」ってことでは・・・」(ぼそ)。

うーむ・・・・。確かに。



山内外観はこんな感じ。
ここは、なかなかのお味でしたが、やはり5軒目・・・テンションが萎えておりました。

そして最後の6軒目!超有名な「るみおばあちゃん」の池上へ!

移転した後のお店がナビでは分からない。売店のおばちゃんが「空港の近く」というので、
とりあえず空港へ行って案内所で聞いてみる。

空港へ着いて、「世界の中心で愛を」とりあえず叫んでみる。

・・・と、なんと夕方になっていて閉店しておりました。ぐっすん。
(しかも、先月行ったKC高校に近いのね。その時に行けばよかったわ)

いや、それにしても食べまくりました。

そして車で移動しまくりました。



Rちゃまの運転は、うしろでAがひっくり返ったり、視界から消えたりしましたが、
とっても気分よし。
ハンドル握ったら離さない系ね、アンタ・・・。

最後は(まだ食うか)、うどんではないもので!ということで、
丸亀駅前の親ひな一鶴へ。

このお店、岡山香川に前から住んでいる人なら聞いたことのある不思議なCM
「やっぱこれだね♪おやひないっかく!!!」と叫ぶ、だけのCMのお店なのです。
CM見ただけでは決して何のお店かは分からないが、
どうも、かしわやだったらしい。

ひねどりと、若鶏とを選んで食べるというもの。
写真はわかどり。



これだけ食べ尽くして、我々の旅は終わったのでした。
(途中で食べた「さぬきうどんソフト」のことは忘れよう・・・)

皆さんも体力のあるときに是非讃岐へどうぞ。

そしてRちゃん、A、めっちゃおもしろかったです。
またまた遊びましょう。ざ・ちーむ○曜日!







A高校生に講義する

2007年12月19日



昨年に続き、岡山A高校の生徒さんがやってきた。

県下随一の進学校。
授業を始める瞬間に分かる。
挨拶、視線、表情、その全てがエリート。

そして、膳所高を思い出す。

心地よいフラッシュバック。

さて、気がつけば高校生は既に平成生まれ。
まぁ、なんという年の差。
一年生の皆さんにはひょっとすると今日の講義は難しかったかもしれません。
わざと難しめにしてみた、というのもあります。

芸術(美術?)のT先生が後で見学されていた。
ふざけた授業ですみませんでしたface07
高校生の引率で来られていたA高校の先生方、
お気に召したかしら?

昨年は感覚の似た?先生がいらっしゃって、その後僕を高校に再び招いてくださいましたが、
今年はイマイチ、「なんじゃこの教員は?」と思われたかもしれません(悲)。

ま、えーか。

山田詠美の「眠れる分度器」を読んでいる。(←授業のため)
おもしろい。





Posted by つんこ at 17:40 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 日記

低迷する読解力

2007年12月17日



本日の毎日新聞記事

簡単に言うと、OECD(経済協力開発機構)の06年学習到達度調査(PISA)における日本の児童の
読解力が15位に落ちた、という話を受けて、今の学校の読解力教育について考える、という主旨の記事です。

色々書いてありますが、忘れてはならないのは、以前は日本の読解力は15位より高かった、ということです。

つまりは、この記事で云々されているように、過去を否定した読解力教育モデルを構築することには、首肯しかねる部分が存するということです。少なくとも、なぜ読解力が落ちてきているのか、に加えて、なぜ以前は読解力が高かったのか、ということを考えることなしに、読解力が向上するということは望めないような気がします。

また、国立教育政策研究所長という肩書きの有元氏の発言として、読解力を論理的に議論し、問題解決を行う能力、と位置づけ、そしてその能力が民主主義の基礎で幸せになるために必要な能力だとしていますが、読解力という個人の能力と、一国家の政治形態であるところの民主主義が結びつき、なおかつそれが「幸せ」を創るという、これまた非論理的な展開の議論は全くもって理解不能です。

読解力というのは、単純に読んで理解する能力であって、自分の意見を表出する能力とは違う。もちろん、読解力があることが、自分を表現することへの必要条件ではあろうけれど、前者を養うことが、後者を向上させることではない。記事では、ある物語を読ませて、それについて皆でディスカッションする、ということが行われている風景が取りあげられているけれど、そういうことをすることを否定するわけではないけれど、読解力を養うという目的で行うのであれば、それは必ずしも効果的だとは思わない。

国語作文教育研の宮川俊彦所長が、昨今の子供の作文について「「知識を並べて、一般的な意見を出しておけばいい」という姿勢が目につく。」と書いておられるが、この観察には賛意を表したい。

卑近な情報から議論を構築して、多面的な考察なしに直線的に結論に至る、という作文を多く見る。授業で与えたことだけを使い、図書館では何もしない、インターネット(99%はウィキペディア)をそのまま引用(コピペ)して、満足げ。

妙に大仰な表現を用いる。などなど。

僕は読解力をつけさせたいなら、とにかく読め、と思う。読んで読んで読みまくれ、と。読むことでしか、読解力は養われない。
教育に、読解力を向上させる妙薬があるなどと考えるのは、幻想に過ぎないと思う。

教育ができることは、せいぜい、子供が読む癖をつける、その手助けをする程度のことなのだ。今の国語の教科書のように、名著の断片を羅列しただけのような教育は、その作品を紹介して、後は自分で勝手に読め、という姿勢で使用されていた一昔前ならその目的は果たした(したがって、読解力のランキングもそこそこだった)が、この記事で扱われているような使われ方をするという場面においては、大きな効果を得られるとは到底考えにくい。